信頼の直売!2万4千羽で年商2億円
1.直売で実現した2.8倍の卵価と所得
桂ファームは埼玉県の西南のはずれの、入間市大字寺竹にある。周囲は狭山茶の茶畑、一般の野菜畑、工業団地、ゴルフ場に囲まれ、1km圏には一般住宅は皆無に近い。それでいて鶏舎前の直売所で生産量の90%を売り、残りもケーキ屋等への直卸である。
常時2万4千羽飼育で年商は約2億円・・・農水省の平成24年度採卵鶏経営統計(上限5万羽ほどの小規模養鶏が対象)を、筆者がアレンジして作成した規模別連続指標の計算式からすると、2万4千羽では年売上高は6,900万円に過ぎない。この2.9倍である。問屋やGPセンターへ卸すと、平成24年は1キロ173円。桂ファームは直売で1キロ480円(高騰時の現在=令和5年5月は650円)で2.8倍である。価額差がストレートに売上高に反映されている。
だが目指すべきは売上高ではなく、家族の総合所得である。桂ファームの家族労力は社長、奥さん、弟さん、息子さん、娘さんの主人の5人である。この他に従業員が数人いるが、従業員の給与を除いた家族所得は売上高の27%にのぼる。売上高にこの数値を掛ければ、すぐ絶対値は出る。目を見張る額のはず。
平成24年の同規模の指標所得はマイナス%である。比較的に安定した平成21~23年の平均は8.9%だ。率にして約3倍である。この高収益とこの後触れるユニークな発想において、桂ファームは平成23年に、第2回埼玉農業大賞のベンチャー部門の大賞(1位)に輝いた。
栗原佳一社長(63才・・・お会いした時の年齢。すでに故人)は大学を出てすぐ農業に入った。一時は本を横に並べ、日に3冊を読んだという勉強家。全国の先進農家も多数見て回った。「おやじは採卵養鶏以外にも、組合を作り育雛をしたり、これを辞めたあと、育雛施設を改造してウナギの養殖をしたりと、いろいろのことをやりました」と言う。この間にもケーキ店.米屋、食品店への直卸を100件ほどに増やした。早朝4時からの鶏糞処理をはじめ、1日14~16時間も働いた。
2.8つの多層型コンセプトで信頼
36才の時に母親が亡くなり、父親も気落ちして元気がなくなった。これを転機に有限会社「桂ファーム」に変え、代表として経営上マイナスになる要素を徹底してつぶした。設備投資や資材のムダ、労力のムラやムダ、鶏糞の商品化等だ。直売容器も飲料メーカーの空き箱を半分にカットしたものを使った。
実践を通じて「これが理にかなう」と確信したことをコンセプト(理念)として多層化。今掲げるコンセプトはシンプル、スロー、スモール、スマイル、アバウト、アナログ、ローカル、ローテクの8つである。SSSSAALLの経営だ。最終的にはこれを通じ「顧客の信頼を得、宣伝をしなくてもお客様が来てくれる経営」を実現している。幹線道路から400mも奥まった場所に農場+直売所はあるが、この曲がり角に見落としがちな看板が一つあるだけ。チラシやホームページ等による宣伝はいっさいしていない。
8つのコンセプトは、現代の一般企業や企業的農業の行き方と正反対の要素が多い。まずシンプルだが、「養鶏一筋」もその一つ。何にでも手を出した父親を反面教師にして養鶏以外には手を出さず、持てる人的資源を集中すれば、技術も身に付き生産性も上がる。筆者も20回ほど訪問しているが、社長が指示を出しているのに出会ったことがない。作業の手順と完成度を一度教育しておけば、「信頼第一」に沿った作業が進行していくことを示す。養鶏はニワトリ自身の個体差がなく、特にシンプルさの効果が高い。
3.急がば回れ―スローでじっくり
スローはじっくり考え、先を急がない「急がば回れの精神」である。動植物は生命のサイクルで動いており、年1回転が2回、3回転するわけにいかない。信頼を基本にじっくり管理する方が、最後には利益を生むことになる。
スモールもこれに通じる。農業の固定資産の回転率はすこぶる悪く、無理に規模拡大すれば、借金の山で倒産も起きる。1千万羽養鶏もある時代だが、「餌代が5~6年前に比べ80%も上がり、ほとんどの養鶏場は餌代を吸収できず打撃を受けている。スモールであれば、直売による付加価値販売が可能。餌代の高騰も吸収できる」と栗原社長は指摘。桂ファームはここ15年ほど、常時2万4千羽飼育を変えていない。「無理なく直売で売れる量」を基準に生産している。鶏舎自身は3万6千羽分ある。
3分の2の鶏舎利用率で、オールイン・オールアウト(全部鳥を入れ替える)とし、鶏舎の清掃にも完全を期し、ワクチネーションを終えた生後120日の大雛を入れている。これを、約1,000日令まで1段ないし2段の低床開放型ケージで飼う。ストレスのない快適な環境で、良質なトウモロコシ中心の餌を与え、美味なタマゴを生産している。
4.古い機器も長持ちさせ投資抑制
次にハイテクの逆のローテク。「鶏舎は、良質の資材を使い自ら設計・施工したもので、古いものはすでに20年以上使っている。ケージも最近のものは錆びず、持ちが良い。自動給餌・給水にしているが、自動集卵機は50%にしか採用していない。午前中半分を自動集卵すれば、残りの半分は午後に手集卵すれば間に合う。洗卵も布巾で手拭きするだけ。破卵も少なくなり、水洗いしないので日持ちが良く、1ケ月間日持ちする」と語る。
鶏糞掃除もウイングバッケト(挟んで掻き出す)を長らく使っている。「ステンレス製で持ちが良く、メーカーにはすでに部品がないはず。しかし今後修理が必要になれば、その時には自分で部品を作る」とのこと。設備投資のムダを防ぐことに余念がない。逆に環境に配慮し、鶏糞の発酵乾燥機は持っている。一度に12~13トン入り、4~5日で乾燥鶏糞になる。120トンの堆積が可能な鶏糞置き場も完備。出来た鶏糞は、畑作農家に堆肥散布機を貸出し廉価で使ってもらう。
次にアバウトやアナログ・・・農業は自然条件に左右される。デジタル的に1+1=2にはならない。目標管理にしても、アバウトさが必要。また「Aが正しい。Bは間違いだ」と、デジタル的発想でなく、「AにもBにも良さ・悪さがある。状況に応じAもBも取り入れる」といったアナログ的な思考が、逆に適応力を生む」と考える。
直売のほかに、組合を作り10%ほどは市場に卸売りした時代もある。出来すぎたときのクションのためだ。だが着実に直売可能な量の生産をすれば、市場への卸しは不要になる。これもアナログ思考の一つである。強制換羽を持続すれば1年間雛の購入をしなくても済む。お客様の欲しがるのは大玉であり、長く飼うことで1羽当たりの卵重も向上する。
5.ローカルは地方性や立地を生かすこと
ローカルとは地方性とか立地を意味する。近隣の民家はゼロに近い。だが栗原さんは「立地の良さ」を初めからみぬいていた。近くに人家がないから鶏糞の匂いをまき散らすことがなく、いつまでも存分に生産に励むことができるからだ。これが第1点。
写真 長い互い違いになったのが鶏舎。四角の白い建物ではない。 第2点は販売立地だ。個性ある直売所の場合、商圏はすぐ10キロにも及ぶが、入間市の西南のはずれに位置し、入間市の3/4ほどが射程距離に入るが、中心市街地からはむしろ道路網からして引きにくい。しかし逆に青梅市北部、瑞穂市、羽村市、福生市、武蔵村山市などが10キロ圏に入ってくる。これらは東京都に属し人口密度も高い。
直売所の駐車面積は8台ほどだが、1台来て帰ると次の1台が入るといった具合で狭さを感じたことはない。このため平日でもレジ1台だけだが、50万円も打つ。暮れには1日100万円以上売れるという。もちろんギフトもレジで最終処理している。レジの職員は女子1人だが、軽量―箱詰め―買い物袋詰め―レジ打ち―接客をこなしている。レジ1台50万円がスーパーのノルマ。その能率をはるかに超える働きだが、客が満遍なく来るので意外なほど楽にも見える。
最後に来るのはスマイルだ。これは顧客、従業者、家族、経営者、関連業者がともに喜びあえることだ。客の多さ、従業者の意欲的な働きぶり、そして冒頭の家族所得の多さ・・・を考えれば、充分に達成されている。家庭用の太陽光発電のパネルもそびえ、鶏糞の発酵処理も含め環境にやさしい経営も達成されており素晴らしい。
故・栗原桂一氏を偲ぶ
桂ファームの栗原社長は令和2年の8月に亡くなられた。6月だったか、電話に出られた栗原さんは「眼底の癌にかかり片目を取るはめになった。慣れればさほど不自由でもない」と元気な声が返ってきた。だが「一度会いに行こうか」と言うと、なぜか「今は止めておきたい」との回答。
暮れにお歳暮の注文に行ったら訃報に初めて接し愕然とした。「農業界のエース逝く」である。私は昔、農業雑誌の記者であり、5年前までは農業コンサルタントだった。ために農業界の優秀な経営者にもたくさん会ってきたが、すぐれた実践者であり、同時に優れた実戦哲学を持った人はそう多くなかった。若いころは3冊の本を並べて交互に読んだ・・・と言うくらいの勉強家であった故に、広い視点に立った経営哲学が構築できたのだと思う。
謙虚であり、私が50年も前に農業雑誌社「家の光」を独立する時、名刺がわりに書いた農業の本質論から説き起こし発展策を書いた「農業革命ものがたり」と言うタイプ打ちの小冊子を5年ほど前に渡したが、先の電話の際も「あれは大したものだ。今も大切に保管してあるよ」と言ってくれた。私の貴重な理解者が1人亡くなり淋しい限りである。
アクセス数 令和5年3月18日現在8,970で、本ブログ中トップ。別途発信している「農業・商業お助けマン」にも同様な記事を掲載。こちらの3,192を加えると12,162となる。「農業界の1万部セラーの一つ」と評価いただければ光栄であり、故・栗原さんの供養にもなる。
農業の本質論から説き起こし発展策・・・とは?(近藤)
①工業は数社に絞られた寡占型の市場で、思い通りの価格形成がしやすい。農業は何千、何万の分散生産で、独自の価格形成はしにくい。したがって、独自性のある商品を開発し、特殊なルートを開拓し競合を避ける努力が必要。
②季節や気候変動で、絶えず需給関係が変わり、安定価格での供給が不可能に近い。施設園芸等の導入はもちろんのこと、気象学の研究も進め、できる限り気象災害を避ける必要がある。
⓷農業は、光合成を利用して空気や養分を食品に加工する産業である。数か月、1年といった生育期間の制約がある。ために商品回転率を工業のように人間の努力によって高めることが不可能である。これは工業に対する永遠のハンディである。品種改良や人口気象栽培を通じ、出来るだけ回転率を高めなければならない。
④農業は、土地依存度の高い産業である。この土地が私有化され、その価格や地代の負担は、工業の数倍、数百倍にもなる。このため規模拡大が思うようにはできない。生産性の向上にも限界がある。これも工業に比し永遠に付きまとうハンディである。多数競争、気候変動、栽培の回転率の限界・・・といったハンディを持つ産業で、国の補助政策が是非とも必要になる。仮に補助ゼロであるならば、世界の農業は衰退の一途をたどる。この点については、政府も農業団体も消費者に充分PRすべきことである。と同時に、農業者自らもより安く安定した供給に向け努力し、補助に対する見返りをすこしでも多く追求すべきである。(途中)